巻頭言

2019.10.01
巻頭言

ベスト10月号 巻頭言を掲載しました

テロの温床
~理解と留意点~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 幹部警察官への昇任を目指す皆さんには、目前の対策にとどまらず、背景に対する考察が求められる。テロを例に、そのポイントを考えてみよう。

 まず最初に、人はなぜテロに走るのか。それは弱者にとってほかに方法がなく、やむを得ない最後の手段だからである。追い詰められての「一か八か」の強硬手段。将来への希望が見いだせない人の最後の手段。
 テロ指導者は、怒りや絶望から自暴自棄になった人をあおってテロに走らせる。夫や恋人あるいは親兄弟を殺害された女性などは格好の候補とされる。純真な子どもも洗脳されやすい。宗教的な誘因や残された家族への優遇などを約束し、犯行直前には麻薬などで死の恐怖心を除こうとしたりする。そうして心理的ハードルを飛び越え、外見的に普通の人と区別が難しく、未然防止することが困難な自爆テロが遂行される。
 テロ問題を考えるうえでは、こういった心理に対する深い理解が欠かせない。

 人間社会からテロ行為が完全になくなることはないと思われるが、その発生原因を解明し、その発生可能性を下げることはできる。テロの本質は弱者による強者への反抗であるから、絶望などから将来への希望が見いだせなくなるほどの弱者を生じさせないことは、テロ対策となる。つまり、テロは直接的には治安問題だが、その背景を考えれば政治や経済の問題でもあるのだ。治安維持には、政治情勢や経済問題への関心が欠かせないという認識が重要だ。
 長期の内乱などの混乱が続き事実上無政府状態になっているところには、テロ勢力の拠点が設置され易い。言い換えれば、警察が機能しないところだ。そこでは、テロリスト集団に入った方が安全なくらいである。
 例えば、ソマリアやリビアでは、政府の支配は首都近郊に限られ、地方は軍に握られ、国全体が無政府状態となっている。そういうところにIS(イスラム国)は拠点を設ける。内戦の続くシリア、イエメンなどもISの格好の生存場所だ。支援を得られやすいという点で、宗教・宗派・民族などの対立は過激派の温床になる。

 同様に、テロリストを取り締まる警察力が及びにくいという点で、現在のサイバー空間にも要注意だ。ISは、サイバー空間を通じた支援の訴えや新規構成員の募集などで勢力を増やした。テロリストは海外からやってくるとは限らず、自国内で新たに生まれる(ホームグロウン)こともあるのだ。国境を容易に越えるインターネット時代の治安維持は難しい。各国・当局は、新たな領域への対応に遅れがちなことに留意し、国際協力の増進に努めなければならない。

 テロ情勢で注目すべき点は、以下のとおり。
1 中東の政治情勢の推移(特にシリアを巡るイラン、イスラエル、サウジの対立先鋭化)。必然的にアメリカを巻き込んだ大規模な国際テロにつながる懸念がある。
2 パキスタン、アフガニスタンの反政府勢力の動向。
3 中国、新疆(しんきょう)ウイグル自治区の動向。国際テロ組織アル・カーイダとつながっている可能性も指摘されている。

 我が国でも、特に東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を迎えるに当たって、テロ対策は重要課題である。このテロ対策を考える際には、国際情勢との関連が大きいこと、新技術により人と情報の国際間移動頻度・速度が増大していることなど、背景に対する考察を忘れてはならない。

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