巻頭言

2022.12.01
巻頭言

ベスト12月号 巻頭言を掲載しました

命を預かる任務に当たる使命感
~国民の期待に応えるために~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 安倍元総理狙撃事件(2022年7月8日)は警察に関わる者全てにとって深刻な反省の求められるところとなった。
 小島裕史警視総監は着任時(2022年10月6日付)に「警察の置かれた現状は極めて厳しい」との認識を示し、「一から出直す覚悟で努力を積み重ねていく」と決意を語っている。この覚悟が、全警察関係者に共有されることを願う次第だ。

 昇任試験に当たっては、あらゆる局面で、自らの立場に引き寄せて具体的に披歴することが求められる。そこで、読者の皆さんの準備に参考となることを願って、本稿では率直に私見を述べてみたい。OBとしては現役の皆さんに心からの声援を送るしかない。時に厳しい物言いになるが、老OBの故をもってお許しを願いたい。

 既に、組織を挙げての点検がなされ、現場での問題点など様々な反省点が指摘されている。私は、一番のポイントとして、情報収集力の向上に向けて組織的に取り組むことを挙げたい。
 今回の事案で報じられる所では、犯行の前日早朝、犯人は、居住地付近の当該宗教施設に対し、犯行で使用した銃の試射をした。付近の住民は異常な音に驚いたという。しかし警察の知るところにならなかった。犯人の住むマンションでは、連日にわたって深夜にのこぎりを引く異様な音が聞こえ、近隣住民が管理者に苦情を訴えている。管理人は、マンション住民にやめるよう促す注意チラシを配っていたという。また、SNSには犯行を示唆する投稿も複数あった。だが、これらも全て、事前に警察の知るところとはならなかった。

 警察の仕事に限らないが、後で考えてみれば「あの時こうしていたら」という反省点に満ちている。警察にあっては、その思いが時に命に係わるものだけに、苦渋に満ちている。外部からの批判も厳しい。これらは全て警察の任務の性質から避けられない。先輩から代々引き継がれる、「悲観的に準備し、ひとたび事に臨んでは楽観的に対する」という心掛けを参考にしていただきたい。現役の皆さんには、全てが皆さんへの国民の期待のなせるところとして、やりがいに転換し、精進して、激務に頑張っていただきたいと念じるばかりだ。

 今回、警護陣容が大幅に増強された。警察庁と警視庁をはじめ、全国都道府県警察との連携も抜本的に改善された。中でも最も大事なのは、全警察官の当事者意識ということだ。小島警視総監は、着任時の取材に警察庁外事課課長補佐として臨んだ、在ペルー日本大使公邸占拠事件(1996年12月17日発生、1997年4月22日にペルー特殊部隊が突入し、全犯人を射殺。)での刻々状況の変わる中でのテロ事案対処での想いを語っている。当時、私は、大学教授に転じた直後であったものの血が騒いで現地に飛び、多忙な現地派遣の警察官に迷惑をかけないよう、大学関係のネットワークなどを介して数週間も滞在した。その故か思わぬ情報収集ルートがあることを実感したことも思い出の糧だ。情報収集は奥が深い。掘れば掘るほど豊かな収穫が期待できる。

 最後に、常に現場にこそ貴重な教訓があることを強調したい。苦渋に満ちた経験であるほど有益な教訓になるもの。学ぶ心構えに勝る教えはないということも……。

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