ベスト2023年7月号 巻頭言を掲載しました
人間は何に感動するのか
~チャットGPT時代の昇任試験~
株式会社日本公法 代表取締役社長 麗澤大学名誉教授 元中国管区警察局長 元警察庁教養課長 元警察大学校教官教養部専門講師 大貫 啓行 |
昇任試験において、論述や面接の比重は、多くの皆さんが想像するより大きい。知識はもちろん大切だが、より重視されるのは、幹部としての資質である。そして、その傾向はますます増している。採点官がどこを見ているのか、という視点での準備が欠かせない。
テクノロジーの進歩の加速化はとどまる所を知らない。孫やひ孫の生きていく時代は一体どのようになっているのか?おそらく、想像もできないようなものになっているだろう。80歳になった私は、多少、他人事として、そんなことを空想している。現役の皆さんには、自分の仕事がなくなってしまわないか?といった、より深刻な思いをしている人もいるのではないだろうか。こんな職業がなくなる、などといった記事が危機感を煽ってもいる。
私は、先の東京オリンピック(1964年)を大学生として迎えた。高速道路や新幹線の開通に豊かな時代の訪れを感じ、ワクワクしたものだ。情報整理は専ら手書きだった。社会人になりたての頃は、情報カードボックスにせっせとカードを増やし、それがどんどん増えることに満足していた。ボックスがワープロになり、間もなくコンピュータが出現、パソコンとして職場に進出してきた。その度に新たな情報機器に対応していった。
昨今は変化のスピードが増している。変化に乗り遅れた者は時代遅れとなるわけで、高齢者が戸惑いを覚えるのも不思議ではない。
50歳代から20年近く大学で勤務していた間においても、学生の学ぶ環境の変化が激しかった。例えば、それは提出されるレポートの質の変化として現れた。一見して、立派なものが増えたのだ。そう、コピペである。よく見ると、提出されたものに全く同じものすらあるのだ。最初に発見したときは驚いた。多少でも加工していれば、それはそれで記憶に残る所もあり、何かしらの学びになるだろうが、全文同じでは何の意味もない。そこで、学生との口頭でのやり取りを重んじるようにした。提出されたレポートに関して、教室で質問すると、しどろもどろ状態。そんな、学生との攻防戦も懐かしい思い出だ。
今、AI(人工知能)の進歩がもたらす影響に注目が集まっている。チャットGPTが職場に与える影響も少なくないだろう。
しかし、人間の秘める価値や重要性には何の変化もない。昇任試験の本質にも、変化はない。見極めようとしているのは、組織幹部としての資質。その本質は、部下に与える“感動”なのだから。部下の心に火をつけて燃え上がらせることができるか。昇任試験での決め手は、それができると感じさせることである。
論文では、型通りの、色々の要素を並べるものより、経験した1つの事例を書く方が評価される。とりわけ失敗談がいい。それを教訓にどう改善したのか。一般論より、個別の事例。そして、反省に基づく前向きの提案や決意がいい。
チャットGPTも定型的なものを示すにすぎず、それを使う「人間」という役割の重要性に変わりはない。昇任試験では、チャットGPTは不合格なのだ。人間は、失敗する生き物であり、かつ、感情がある。AIは飽きないため失敗しないが、感情があって飽きもするというところが人間のおもしろさなのだ。
いささか繰り返しすぎた感はあるが、重要だからもう一度繰り返す。昇任試験では感動させる資質が勝負になる。生の感情のある部下を扱うことが、幹部に求められる。感動させることのできる幹部を目指しての奮闘を期待している。