ベスト2023年10月号 巻頭言を掲載しました
戦争への備え「退林還耕」指示
~独裁色強める習近平国家主席~
株式会社日本公法 代表取締役社長 麗澤大学名誉教授 元中国管区警察局長 元警察庁教養課長 元警察大学校教官教養部専門講師 大貫 啓行 |
隣国、中国の様子が心配だ。
このところ、習近平国家主席は、多くの会議で「戦争への準備」を指示し続けている。ロシアのウクライナ侵攻におけるロシア寄りの発言にも、確信犯のような、一種の開き直りを強く感じる。
中でも、国内で唐突に進め出した「退林還耕」指示は異様だ。可能なものは何でも農地転用せよというのだ。作付けにも口を出し、穀物増産せよと命令する。乱開発して増やした耕地を元の森林・原野に戻し、あるいは都市周辺では公園にするなど住環境を改良しようというこれまでのスローガン、「退耕還林」の文字を入れ替えたものである。
耕地での野菜栽培をやめて、穀物栽培に切り替えさせ、また、公園の木は切られ農地に戻されたと伝えられている。なりふり構わぬ強引さだ。
先の戦争中、我が国において、全国の小中学校などの校庭でサツマイモやジャガイモを栽培したことが思い出された。中国における食糧増産運動は、欧米との戦いを国民に意識付けることを明らかに狙っている。国民をそこまであおって、どのような効果が出るか心配だ。
台湾に侵攻すれば、アメリカは穀物の対中禁輸という制裁に出ることが予想される。ウクライナ戦争においてロシアが欧米から経済制裁されている姿を自らに置き換え、なりふり構わず食糧自給率向上へ急きょ取り組んでいるのである。最近は、鶏肉や生きた牛の輸入も増やしている。
台湾有事が心配される中、いかにも異様でなりふり構わぬ、中国の戦争準備とみられる一連の動きに注目せざるを得ない。
ウクライナ侵攻には、世界中の人々が驚いた。プーチン大統領の警告も独特の脅しと解釈していた。ありえないことと思われていたため、約19万人のロシア軍による本格的軍事侵攻は驚きだった。
強権を個人及び周辺の少数幹部が握り、戦争開始の判断をすることができる独裁体制国家の異様さ。ロシアの姿を見ただけに、そっくりな体制下にある中国の出方に、世界中が警戒を禁じ得ないのだ。
核心利益という「台湾統一」は、中国では誰も反対できない。事実上の終身独裁者となった習近平国家主席は、自らの絶対にやらなければならない任務として認識しているのだろう。
独裁体制下では、全てが独裁者の判断にかかっているだけに、心配が絶えることはない。そこは、報道の自由も政府指導者への批判も、存在することが許されていない社会。共産党による一党独裁体制。そこでは、立法・司法・行政など全ての権限が習近平国家主席の手中にある。軍隊への指揮権もだ。そういう体制にあることをしっかり認識しておかなければならない。
中国の人口14億人に対して、台湾は2,400万人。推して知るべし。何から何まで規模が違う。約3倍というロシアとウクライナの比ではないのだ。また、その中国は、我が国の隣国である。そして、台湾もまた、晴れた日には沖縄の与那国島から見える近さなのだ。台湾有事が生じた場合の我が国への影響は計り知れない。
そうはいっても、膨大な犠牲を伴う武力侵攻が確実に起こるとは、私は考えていない。しかし、ウクライナで現実に起きたことを教訓とせざるを得ない。万が一に対する備えを欠かさず、治安に携わる警察官として、中国情勢についての関心を怠ってはならない。
これからも折に触れ、関連情勢を解説していきたいと思う。