ベスト4月号 巻頭言を掲載しました
武漢の医師李文亮氏の死亡
~習近平体制の強権・言論統制へのボディーブロー~
株式会社日本公法 代表取締役社長 麗澤大学名誉教授 元中国管区警察局長 元警察庁教養課長 元警察大学校教官教養部専門講師 大貫 啓行 |
今年は新型肺炎への対応から始まった。本稿では、危機対応に追われている中国の状況について考察してみたい。
新型肺炎COVID-19の発生・まん延に、中国共産党は危機対応に追われている。そこでは、情報統制体質のもたらす社会統制のぜい弱性・危険性が明るみに出てきている。
武漢市での新型肺炎の発生について、最も初期段階で気付いた李文亮医師は、献身的に治療に当たる中、自身も感染し2月7日死亡した。医師仲間とのチャットで警鐘を鳴らした同氏に対し、当局は、流言飛語を流布し社会を不安に陥れたなどとして懲戒書への署名を求め、訓戒処分に処した。こうした当局の情報封鎖など、初期対応の遅れが今回の大流行をもたらした。
精華大学許章潤教授は2月4日、ネット上に「社会の情報伝達と早期警戒のメカニズムの圧殺」と指摘、「党中央の強権的手法に問題がある」との主張を公開した。李文亮医師の死亡後、知識人を中心に「言論の自由」を求める声がジワリと広まりを見せている。
習近平主席は、当初1月25日としていた自らの対応指示について1月7日だったと早めるなど、早期から陣頭指揮に当たっていたとアピール。湖南省、武漢市幹部のすげ替えなどをすることで、党中央への非難回避のため必死の対応に当たっている。
このような状況において、当局に好ましくないネット情報を次から次へと削除する、中国共産党の常とう手段も通用しないような批判の高まりがみられている。命の危険を前にしては、長年、当局が国民に培ってきた「服従と結束」という美徳にも限界があるということだ。都合の悪い情報を徹底的に規制するという傾向を強めてきた中国の一党独裁体制そのものが、新型肺炎大流行の一因となったことは否定のしようがない。習近平主席が自らに権力を集中させ、情報統制を武器とする色彩を強めてきただけに、彼自身にとっても最大の危機と言えよう。早期収束と早期経済復興によって、党中央の権威死守に努めるであろう習近平体制の動向に注目したい。
殉教者となった李文亮医師の存在は、中国人の胸を揺さぶる典型的なパターンといえる。警鐘を鳴らし、自ら献身的に対応する中で命をささげた。中国人の草の根の想いが、今後の中国の在り方へどのような影響を及ぼすのか、その影響が注目される。権威主義傾向が一層強まるか、軌道修正のきっかけとなるか。今後の中国を占う分岐点となろう。
今回は、我が国の治安にとって大きな影響を持つ中国がはらむ問題への所見を紹介した。警察の昇任試験でも、単なる知識の詰め込みに終わらない、明日の治安の基盤に影響を及ぼす国際情勢や国内の構造変化に対する関心・学習が求められている。将来の幹部を目指す皆さんへの期待はとりわけ大きい。