ベスト6月号 巻頭言を掲載しました
米中相争う国際情勢下の治安の課題
~コロナ危機沈静化後の展望~
株式会社日本公法 代表取締役社長 麗澤大学名誉教授 元中国管区警察局長 元警察庁教養課長 元警察大学校教官教養部専門講師 大貫 啓行 |
この度のコロナウイルス危機は、今日の国際社会ひいては人類の抱える課題を浮き彫りにした。その最大のものは、これから数十年間は米中両国の覇権をめぐる壮絶な争い・冷戦状態が避けられないということだ。本稿では米中冷戦の本質と特徴を簡潔に示し、併せて、我が国の治安に与える課題を示したい。
米中覇権争いといった多分に政治絡みのテーマは、これまで昇任試験では出題されていない。友好関係への障害、個々人の価値観に関連することなどを避けているのかもしれない。そうした微妙なテーマではあるが、これからの我が国の治安を考えるうえで避けられないほど、待ち受ける米中の冷戦は喫緊の切迫したものとなっている。こうした判断から、本稿ではあえて正面から論じてみたいと思う。
中国の目指す統治システムの特徴(本質)は、「強権・独裁統治モデル」である。これは、基本的人権を重視した欧米の「議会制民主主義統治モデル」とは本質的に考え方を異にしている。
今回のコロナ危機で明らかになったのは、中国のAI監視社会構築が国家レベルで既に本格化していることだ。しかも、利便性・安全性との比較衡量から、人々には相当程度受け入れられているようだ(当局は盛んにそのように宣伝し、危機対応での中国システムの優位性の宣伝活動を積極的に展開中である。)。コロナ危機を乗り切ったのは当局の強権システムのおかげだ、という説明に納得しているように見受けられた。
中国の監視システムは、新疆ウイグル自治区における、当局から見た危険ウイグル人を収容する矯正教育施設の存在(収容人数は不明だが、100万人規模とも言われる。)や、香港での民主化要求への強権的対処などで(新疆ウイグル・モデルの矯正教育収容所建設まで計画)、当局の手法として世界の注目を集めてきた。
武漢市・湖北省封鎖など強権・独裁社会ならではの危機対応力でコロナ危機を早期に押さえ込んだことは否定できない(強権・独裁社会故の情報統制が初期対応を誤らせ、感染拡大をもたらしたという今次感染拡大の根本的な原因は、ここでは論じない。中国はこうした国際世論を打ち消すべく、必死に医師の派遣や医療物資の援助を行っている。国際社会への宣伝工作での中国の巧みさや積極的な取組には要留意だ。)。
人権重視の民主社会は、危機対応において時間がかかり、遅れがちであるから、危機管理力の向上は不可欠である。危機管理での抑制傾向の縛りが強い我が国では、特に顕著であるといえよう。
米中新冷戦は、強権システムと民主システム間の、監視と人権という価値観の争いである。容易に沈静化することも妥協することも難しく、かつ、米中両大国間の覇権をかけた争いであるから、数十年にわたる長期間にわたるものとなるだろう。
次に、厄介なのは中国当局の焦りである。10年後には人口減少社会、20年後には高齢社会になる(2040年、65歳以上の高齢者が3億4千万人に達する予想)。その中国は、独裁体制であることから、指導者個人の判断で判断を誤る懸念が常に高い。台湾、ウイグルといった問題での不測の危機への備えは欠かせない。更には、右肩上がりの経済成長期を終え、国内での格差に対する不満など各種経済問題でも危機の種は増加必至なのだ。
我が国は、隣国である中国による、歴史的な絡みからの不満のガス抜き攻撃の矢面に立つ局面は覚悟しておくべきだ。当然、中国の各種工作(領土紛争、反日運動、日本人の抑留、情報工作など)の標的になる。
警察としては、サイバー担当や中国語(関連での朝鮮語)など専門要員の増員は喫緊の課題である。更には、全職員の情報リテラシー教育向上も肝要だ。特に、デジタル空間で乱れ飛ぶ情報に関する判断力の向上は重要だ。今次コロナ危機にあっても、ウイルスへの対処法、感染源からトイレットペーパー不足まで、各種誤情報に影響される市民の数は想像以上だった。医療関係者や感染者への差別などの発生も課題である。個々人が発信源となるネット社会ならではの問題が相次いだ。
何はともあれ、あらゆる面での今次危機からの教訓事項関連の出題への備えが肝要だ。本誌も、皆さんと共に、備えに努めていく決意である。乞うご期待。