巻頭言

2024.07.01
巻頭言

ベスト2024年7月号 巻頭言を掲載しました

米中の陥ったディストピア
~衝突コースをひた走る危うい現状~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 誰しもが認める世界最大の影響力を長いこと持ってきた超大国アメリカに、中国が激しく迫り、衝突コースに入っている。我が国は両国と国境を接し、政治的にも経済的にも深い関係を有していることから、深刻な影響を免れることはできない。
 両国の衝突が実際に起きれば、我が国が深刻な影響を受けることは火を見るより明らかだ。治安の立場からも米中関係をしっかりと見据えていくことが欠かせない。
 今回は、米中それぞれの抱える根本的で深刻な問題点を取り上げる。表題のディストピアとは、ユートピアの対極。理想郷の反対。いわば地獄のような悲惨な状況ということ。この言葉がよく聞かれるようになった。

【中 国】
 中国の最大の問題は、ざっくりと言えば、習近平主席が建国の祖である毛沢東へと先祖返りしたことである。あらゆる国内の反対勢力を力で押さえ付ける荒っぽい強権独裁色を強めている。そのよりどころが建国の生みの親たる毛沢東なのである。
 毛沢東思想を真似てか、習近平思想なるものを策定し、あらゆる所で学習運動を展開している。全国の学校で教科として学ばせ、大学入試で必修の論文として出題している。党員はもとより公務員や企業でも、習近平への忠誠を表明せずして生きていくのが難しい雰囲気になっている。幹部は競って習近平思想に忠誠を誓う有様である。
 公安機関による監視活動はありとあらゆる面に及び、監視カメラからSNSまで、行動から言論まで掌握される徹底ぶりだ。
 今や財布を落としてもちゃんと帰ってくるというから、昔の中国とは全く違った様相だという。交通違反もなくなったとか…。安全になったという市民の称賛の声まで聞こえてくる始末。ま、そうとでも思わなければ生きていけないということでもある。
 当局に勝る影響力を持つに至ったネット企業のジャック・マー氏は、警戒されて押さえ付けられた。中国では、国有企業を優遇する経済政策に回帰している。新興企業も当局の顔色をうかがう。
 改革解放の活気も民間主導の活力ある経済発展への希望も、「あだ桜」と化した。内需主導の経済発展も、輸出主導及び公共投資主導の旧来の発展モデルに回帰した。その結果、金持ちは国外脱出を目指し、建設業などは長期不況にあえいでいる。あらゆる面で、欧米との衝突局面の様相を強めている。若者はほっといてくれとそっぽを向き、当局は頭を抱える。

【アメリカ】
 他方のアメリカも、深刻さでは引けを取らない。
 アメリカは、一見すると経済繁栄を誇っている。しかし、問題は、格差が拡大し各種の分断が激しさを増していることにある。
 ここ30年ほどのグローバル経済において、アメリカは一人勝ちと言える状況であった。驚くほどの金持ちも多数生じた。しかし、よく見ると、潤ったのは金融業や情報産業に従事する高学歴のエリートなのである。
 対して、ブルーカラーは総じて貧しくなった。外国からの安い製品が、アメリカ市場を席巻した。安価な労働力を求めて、アメリカの製造業は壊滅の憂き目に陥った。海岸部の大卒者は豊かに、中西部の農業や製造業に従事する相対的に低学歴な人々は置いて行かれた。従来のアメリカを支えてきた中西部の人々は、繁栄の枠外に取り残されてしまった。格差による分断の根底には、こうした深刻な不満がある。注目のトランプ氏の岩盤支持層は、こうした不満を抱いた人々なのである。
 アメリカ社会の分断は多方面に及ぶ。取り残された中西部の純朴な保守層は、敬虔なキリスト教徒だ。堕胎は神に対する冒涜とするため、生むか生まないかは女性の基本的人権の問題だとする人とぶつかる。銃所持は建国以来の権利だとする人と、規制強化論派は真っ向から衝突する。環境問題と石油業者の分断も激しい。国際問題においては、世界の指導者としての一定の役割を主張する人々と、それより国内の方に回せという人々との対立も激しい。

 文頭でも述べたように、我が国は米中の動向に影響される。治安を担う警察官として、米中の動向から常に目が離せない。

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